Story 24   サ バ イ バ ル ・ ゲ ー ム の 怪


 野獣から美女奪取

 敵は、サディト族のおぞましい野獣のような戦士たちだ。
 武器を携行した巨体の野獣たちが、塔の狭い階段を駆け上がるのは、容易ではない。鉄製の武器が、石灰岩の壁にぶつかる鈍い音が、塔のはるか下方から聞こえた。「見つけろ」、「殺せ」という押し殺した声が、その音に混じった。音と声が塔の内部に反響し、余韻を残しながら消えた。

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 トラの毛皮で作った、派手なパンツをはいたSF作家のタカ。腰にはウエストバッグ、両手首には黒いリストバンドを付け、背に細身の長刀を背負っていた。
 タカは、両胸の筋肉に力を入れ、胸の上部で筋肉をピクピクと動かした。からだ中に力がみなぎり、気持ちが一段と高揚した。

 左腕で、白い布をまとっただけのミツを抱いていた。密着したミツのからだはやわらかく、薄い布を通して、若い女の熱い体温を感じることができた。
 サディト族の薄汚い集落で、とらわれの身になっていたミツ。高貴な部族ムーニーの部族長の娘だ。タカは、先ほどミツをサディト族から奪取したばかりだった。そして、この古代遺跡のような古い塔へ逃げ込んだ。

 初めて会ったタカを、まだ完全には信用していないためか、彼を見つめるミツの黒い瞳の奥に、不安な陰があった。タカは、そんなミツにやさしくほほえみかけた。

 「大丈夫だよ。安心して。きみを、すぐにムーニー族の家まで送ってあげるよ」

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 タカは、今自分が置かれている状況に、心の底から満足していた。

 (おれが活躍する舞台。道具立ては全て完璧にそろっている)

 タカは誰にともなく「ニッ」と笑うと、ミツを抱いたまま、一方の壁に開いた大きな窓へ歩み寄った。

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 澄みきった夜空にかかっている、2つの異様に明るい満月。
 冷たい月光に照らされた森の木々が、眼下にはっきりと見えた。崩れかけた石灰岩の塔がいくつか、森の影の中から空中へ高く突き出ている。月光が石灰岩の塔を白く縁取り、塔は非現実的な直線になって、周囲の夜景の中に林立していた。

 タカは、ミツを腕から離すと、ウエストバッグから「くもの糸」の塊を取り出した。強靭な素材で作られた、とても軽く細い「くもの糸」。タカは糸をほどいた。糸の先端に、直径1メートルほどの球状のもつれを作った。
 糸の塊をさらにほどくと、もつれの部分が風に乗って空中へ漂い出した。小さくきらめきながら、「くもの糸」のもつれた先端部が、塔から離れた。タカは休みなく糸を繰り出した。夜気の中を糸がどんどん伸びた。

 下方の叫びが、塔の内部に次第に大きく反響するようになった。鉄が石灰岩の壁にぶつかる音が、うるさいくらいに聞こえた。

 「けだものどもめ」、とこぎれいな顔をゆがめてタカがつぶやいた。

 糸の先端が、隣の塔の表面の出っ張りに引っかかった。タカは、手元の「くもの糸」の塊を引いて、半粘着質の先端が、確実に他の塔の出っ張りにまとわりついたのを、確認した。
 タカは、糸の塊を右手のリストバンドの周囲で回転させ、無造作に糸を手首に巻きつけた。残りの塊を右手でつかんだ。そして両腕をミツのからだに回した。ミツを強く抱きしめると、窓枠へ飛び乗りながらミツに話しかけた。

 「行くよ。怖かったら目をつぶっていていいよ」

 タカは部屋を一べつした。階段を駆け上がってきた、野獣のようなサディト族戦士のどう猛な顔が、床に開いた穴に現れた。毛むくじゃらの手に握られたダンビラが、窓から差し込む月光を反射して鈍く光った。次の野獣の顔も見えた。その後にも野獣がいた。
 タカが、毛むくじゃらの野獣たちに、唄うように軽やかに叫んだ。

 「あばよ。おバカさんたち」

 ミツを抱いたタカのからだが、青い闇の中へ飛び出した。2人の体重を支える細い「くもの糸」が、張り切って緊張した。
 冷たい夜風が、タカの裸のからだにぶつかった。からだ中に盛り上がったほてった筋肉に、夜風が心地よかった。抱きしめたミツのからだから伝わる体温が、まるで彼女も服を着ていないかのように、熱く感じられた。
 2人の体重を受け止めている、右手首が痛かった。けれども、その痛みを忘れて、タカはさらに強くミツを抱きしめた。目を閉じたままのミツの顔を見つめた。

 (いいぞ、いいぞ。人間と何の変わりもないな)、と空中を飛びながらタカは思った。(とてもアンドロイドには見えない。大金を出しただけあって、ドリーム社のサービスは完璧だ)

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 タカは、プレイボーイと自他共に認める、イケメンのSF作家だ。SF作家は、ベスト・セラーを次々と書くこととは無縁なので、いつも架空の世界を頭に描いている、収入が控え目な男ということになる。
 子供の頃からの夢想を文章にすることで、収入を得られるのは、幸せと言えば言えた。けれども、空想の世界を文章で描き出すことだけでは、むなしかった。長い間の夢想を、現実世界で現実のものにできるならば、どんなにいいことか。
 ということで、20年間に渡って貯めた預金の全てを、人々の夢を現実世界でかなえてくれる、ドリーム社につぎ込んだのだ。ドリーム社は、この小さな惑星を改造して、タカが望む通りの活劇を展開できる、舞台を作った。

 タカは、この惑星で唯一のヒーローなのだ。そう、血湧き肉躍る大活劇の主役だ。ヒロインを含めて、この惑星の全てが、タカに冒険をさせるために存在している。
 ここでは、子供の頃から夢見ていた、絶世の美女を敵から救い出し、守護する役目を担うことができる。言語に絶するほどいやらしくどう猛な野獣たち・・・・悪役として作られたアンドロイドたちと決死の戦いをし、最後にヒーローである自分が勝つ。
 戦いが困難であればあるほど、勝利の美酒に酔いしれることができる。美しいヒロインから、晴れがましい賞賛と感謝の言葉を受け取ることができる。

 悪役アンドロイドのサディト族と渡り合うために、タカは、半年間に渡る、ドリーム社の肉体改造プログラムに参加した。ドリーム社の技術は完璧だった。まともに運動をしたことのないきゃしゃな作家のからだが、ボディビルのミスター・ユニバース並みのからだに、改造された。
 ただのミスター・ユニバースもどきではない。女ならば、誰もがうっとりと見つめてしまうような、イケメンのミスター・ユニバースもどきになったのだ。

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 極細の「くもの糸」で空中にぶら下がると、からだのバランスを取るのが難しい。しかも、ただ単にぶら下がるのではなかった。空中を飛ぶ、2人分の体重を支えながらバランスを取るのだ。からだにかかる負荷は、常人にはとても耐えられないようなものだった。それでも、筋肉が盛り上がったタカの肉体は、その負荷にしっかりと耐えた。
 糸の先端が引っかかっている、塔の出っ張りを中心にして、タカとミツのからだが、円を描きながら地面へ向かって落ちた。落ちるにつれて加速度が増した。塔の根もとで、塔の表面にあわやぶつかりそうになった。タカは右足で塔の表面を強くけった。2人のからだが塔をかすめ、塔の反対側へ飛んだ。円弧を描きながら上昇した。

 振り子が後戻りをして、真下まで落ちる前に、からだを回転させたタカが両足を広げた。「バシッ」という鈍い音をたてて石の塔の表面に当たった両足に、2人分の体重がかかった。激烈な衝撃が足に走った。けれども、足の痛みは気にかけなかった。ミツを塔の表面に当てなかったことが、タカにはとてもうれしかった。
 停止した振り子は、地上から1メートルの高さのところにぶら下がった。タカは何の造作もなく、手首にからんだ「くもの糸」をほどいた。2人のからだが、分厚い草のじゅうたんが敷きつめられた地面に落ちた。タカの盛り上がった筋肉から汗がにじみ出た。

 ミツが、黒い瞳で上目づかいにタカを見つめた。タカは、月光に浮き上がったミツの白いひたいに、顔を近づけた。香水のような芳香を感じたが、人工的なものではなく、ミツの体臭のように思われた。甘い香りが、戦いで興奮していたタカの脳をやわらく包んだ。突然、タカは、胸が詰まるようなかすかなうずきを、心の奥底に感じた。それは、思いがけない感情の小さな湧出だった。

 (そんなはずがない。このおれが・・・アンドロイドに・・・恋をする?)

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 目の前の塔の表面に矢が当たった。石灰が白くはじけて飛んだ。空中に銀色の直線を描きながら、もう1本の矢が、風を切って上方から飛んできた。足元の地面に、鈍い音を立てて突き刺さった。
 タカとミツが飛んで出た、向かいの塔の上部の窓に、サディト族の野獣戦士たちが見えた。わめき声が降ってきた。この野獣たちも「くもの糸」を持っていた。野獣の1人が、タカがやったように、手元から繰り出した糸をこちらの塔の出っ張りに引っかけた。

 その野獣は、タカほどの運動能力を持っていなかった。巨漢なので、自分の重い体重をコントロールする術を、体得していなかったのかもしれない。スイングしながら落ちてきたからだが、「グシャ」という鈍い音を立てて、塔の表面に正面から衝突した。変形した毛むくじゃらのからだが空中に舞って、地面に落ちた。上から飛んできた矢が、草原でうごめいている大きなからだに突き刺さった。
 眼前で見た仲間の失敗にもこりず、「くもの糸」をさらに窓から吹き流す野獣がいた。矢を射る野獣。階段を駆け下り始めた野獣もいた。

 タカはサディト族を見上げて、つばを吐いた。そして、頭の中に侮蔑の言葉を思い浮かべた。

 (アンドロイドめ)

 なぜか、この言葉を口に出すことはできなかった。

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 こんなところに長居は無用だ。背負っていた長刀をからだの前に回し、刀のかわりにミツを背負った。タカは一気に全力疾走を始めた。エネルギーが身体中にみなぎって、筋肉が破裂するように膨張し、躍動した。夜風を切って全力で走るのは、とても心地よかった。絶世の美女を野獣どもから救ったという実感が、気持ちをとても高揚させた。
 つい、自画自賛の言葉が口に出てしまった。

 「快調、快調。いいぞ、ヒーロー」

 いささか自己愛が混じったその言葉は、皮膚から吹き出る汗のつぶと一緒に、韋駄天走りのタカの後方へ飛び去った。

 魂を引き込む謎の女

 風はなく、温かな陽光があたりに満ちていた。周囲の森で、いろいろな鳥が歌を歌っていた。遠く近く、高く低く、鳥の歌のハーモニーが魂の奥底にまで届いた。しばしの休息を取るには、ここは絶好の場所だった。
 あの塔での戦いのあと、森の中で8日間の戦闘を経験した。多勢に無勢だ。その上、か弱いミツを守らなければならない。きたえられた肉体を持つタカだが、さすがに疲労を感じた。
 ムーニー族の居住地までは、まだ1~2日かかる。追跡してくるサディト族との戦いを、まだ何度か繰り返さなければならないだろう。休めるときに少しでも休んでおいたほうがいい。

 裸の岩山が後方にそびえ、前方には丈の高い草に被われた広場があった。崩れかけた石造りの廃墟が、そこここに点在していた。
 宮殿だったと思われる建物の一室で、タカとミツは寄り添い、からだを伸ばして寝転んでいた。刈ってきた草を分厚く敷いて作ったベッドは、やわらかいだけではなく、新鮮な緑の香りをあたりに漂わせた。高い天井の穴から射し込んでくる細い陽光の柱が、ミツの顔の横に明るい光のスポットを作っていた。
 ミツのやわらかいあごの線。ほほのうぶ毛が、呼吸に合わせてかすかに発光した。薄く開いたくちびるの間から、純白の歯がのぞいた。
 大きく見開いた目いっぱいに広がった黒い瞳は、とても深かった。何を考えているのか、ミツの思考の奥底を推測することはできなかった。じっと見つめているうちに、タカは、ミツの瞳の深みに吸い込まれるように感じた。ミツから目をそらすことができなくなった。

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 タカには理解できなかった。ミツには、完璧な理想の女性像が与えられている。男を奈落の底に引き込むような、神秘的な雰囲気まで兼ねそなえている。けれども、アンドロイドに恋をするなどということは、あり得ない。
 セクシーな人間の女に、タカは飽きてしまった。タカは、それなりに名前を知られたSF作家なのだ。それもイケメンだ。バーに行けば、女たちが本気でちやほやしてくれた。「寝よう」と言えば、女は喜んでいくらでも寝てくれた。動物的な女に対して不感症になっても、仕方がなかった。

 ミツを抱きしめていると、愛しみの熱い感情が吹き上げてくる。タカが久しく忘れていた感情だ。まるで初恋の気持ち・・・・いや、それ以上だ。今までどんな女に対しても、このような心からの熱情を感じたことはなかった。何かしっくりとしないものを、心の奥底で感じてはいたが、タカはミツに愛情を表現するようになった。

 「素敵だ」、とタカがミツにつぶやいた。「アンドロイドとはとても思えない」

 「え?」、とミツ。タカのひとり言のようなつぶやきを、聞き取れなかったようだ。

 タカはミツを強く抱きしめた。やわらかなミツのからだが、ぐっとしなった。2人のからだが、すき間もなく密着した。けれども、ミツのからだの動きには、タカへの同調も反発もなかった。されるがままの無機的な反応。
 タカは、自分を魅了する実体のない虚像を抱いているような不安を、一瞬感じた。それから、突然眠気に襲われた。抗しようのない眠気が、タカを底なしの眠りに落とし込んだ。

 形勢大逆転

 どれくらい長く眠っていたのだろうか?目覚めの浅い眠りの中で、タカは聞くともなく誰かの会話を聞いた。

 「皆で出し合って大金を払っただけあって、おもしろかったな」

 「辺境の惑星。おれたちが、子供の頃SFでよく読んだ、こんな活劇の舞台で、悪役を一生に一度はやってみたかったものな」

 「それにしても、ドリーム社との契約が今日で終わるのは、残念だ」

 「地球へ帰っても刺激がない。生活の隅から隅まで管理されて、窮屈で退屈な毎日が続くんだから、いやになっちゃうよ」

 「最後の日の今日は、あいつを思いきり責めさいなんで、苦しむところを見て楽しもうや」

 「そうだな。あいつは人間に全くよく似ているから、楽しみがいがあるというものだ」

 「ほんとに。とてもアンドロイドには見えないな。しかも、SF作家の桶井隆に似たところがあって、なんだかおかしいよ」

 「ハ、ハ、ハ、ハ。おれは桶井の小説が大好きだよ。アンドロイドを涌井に似せたりして、ドリーム社は冗談のつもりかな。おれたちを、こんなにおどろおどろしい悪役に仕立て上げた、ドリーム社の連中だ。ユーモアがいくらかでも分かっているから、こんなアンドロイドを作ったんだろう」

 タカは、はっきりしない頭の中で考えた。

 (ドリーム。ドリーム社・・・アンドロイド)

 タカは、ハッと目覚めた。明晰になった頭脳で、全てを理解した。タカの端正な顔が青ざめて、グッと角張った。全身がこわばった。

 首に冷たい鋼鉄のロープが巻きつけられていた。ロープは上方へ伸びていた。壁を背にしたタカは、直立の姿勢で立たされていた。
 三方を取り囲んだ毛深い顔、顔、顔、顔。サディト族の野獣戦士たちだ。黄色い大きな歯が、巻き上げられた分厚い唇の間に見えた。青くヌラヌラと光る抜き身の青龍刀を、構えている者がいた。
 野獣たちの後の草原に倒れているミツが見えた。ミツは身じろぎ一つしなかった。まるで無機物のようなミツを、静寂が包んでいた。

 「目を覚ましたぞ」

 低いうなり声が野獣たちから上がった。

 「早く始めろ」

 そこにいた10人ほどの野獣たちの目が、悦楽を期待して貪欲に輝いた。野獣たちが吐く生臭い吐息が、あたりに満ちた。タカの胃から、苦い胃液が口の中へ吹き出た。
 タカは、自分が長刀を背負っているのに、突然気づいた。刀を抜き出しながら上を見ると、自分が背にしている壁の上に2人の野獣がいて、タカの首にかかったロープを握っているのが分かった。

 野獣たちが前に出た。青龍刀を持っている者がいたが、何人かは、なんとも不快な形の武器を手に持っていた。グロテスクにねじ曲がった鉄の棒に、大小無数の針が乱雑に突き出ているのだ。

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 タカは、昔、このような野獣たちを自分の作品に登場させたことを、ふと思い出した。この惑星とそっくりな環境に住む、これらの野獣たちにそっくりな敵役。そして、スーパー・ヒーローが迎える結末は・・・。

 タカはぜいぜいとあえいだ。長刀を振り回したが、上の野獣がロープを引いたので、からだが空中へ浮き上がり、爪先立ちになった。刀は、タカのからだの周辺で半回転してから、壁にぶつかった。

 「こんな、馬鹿な。止め・・・」

 言葉を続けようとしたが、舌が回らず、それ以上は何も言えなかった。
 先頭の野獣が、タカの手から刀をたたき落とした。1人がタカに飛びついて両足を抱えこんだ。他の野獣たちが、目を輝かせながらいやらしい武器を振り上げた。
 タカが細い悲鳴を上げた。悲鳴は作られた自然の中へ消えていった。西の空には、紫色の夕焼けがあった。東の空に昇りつつある2つの大きな月。
 悲鳴は抑揚をともなって長く続いた。


                        
小説 2014/7/31

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