Story 23          幻   影   の   森



    
 彷徨

 かつて、地球は旧人類のものだった。新人類などは、全く存在しない地球。
 以前のおれは、そんな旧人類だけが住む世界を、夢想することができた。想像の世界の中で、家族や親しかった友だちに出会うことができた。けれども、今のおれには、旧人類でいっぱいの地球は、想像することすら難しい。過去の旧人類の世界は、白昼夢以上に非現実的になってしまった。

 今にして思えば、イブとの悪夢のような生活...。

*************

 広大な森。ニ十数年間住んでいても、端がどこにあるのかを知ることができなかった。歩いても歩いても、端にたどり着くことができなかったのだ。

 おれは、いつものように森の中を歩いていた。いつか旧人類に会えるかもしれない、というはかない希望が、まだ心の奥底に根強くへばりついていた。全てをあきらめてしまえば、空虚な心に圧倒されてしまう。目的意識を持って、際限なく歩き続けることは不可能になる。

 若葉におおわれた背の高い木々が、頭上で枝を広げていた。陽光に満ちた明るい空が、無数の太陽のように、密集した木の葉の間できらめいた。降り注ぐ光の矢が地上ではね返って、森の下生えを発光させていた。樹間をゆるやかに流れる風が、甘い花の香りを森中に充満させた。

 丈の低い草が密生した小道が、森の中へどこまでも続いている。機械で刈り上げられたように、背丈がそろっている草。道は、木々の間に意図的にくっきりと描かれた線のようだ。
 森のこの場所は、おれの人生において、初めて来たところだ。森の中に描かれたこの小道は、おれが作ったけもの道ではない。
 このような小道はいたる所にあった。新人類が意図的に作った道であることは、間違いがなかった。やつらは地上を歩かないのだから、道があることは奇妙だった。けれども、そのことについて、おれは深く考えないことにした。連中の知能は、旧人類には計り知れない。やつらがやっていることを理解しようとしても、徒労に終わるだけだ。

(イヌは人間がやっていることを理解できない)と、いささか自虐的に考えることにしていた。

 やつらはおれに危害を加えなかった。姿を現すことがあっても、おれに注意を向けるような素振りさえも、示さなかった。やつらの存在を心配する必要はなかったのだ。

「いよー。からだの表面だけじゃなくて、腹の底まで黒いくろちゃん、今日も現れましたね」

 からだ中に黒い絵の具を塗ったような服を着た、ニ人の新人類が、空中に突然に出現したとき、おれはいつものように大声で悪態をついた。やつらが現れると、話し相手のいない孤独なおれは、むしろうれしいくらいだった。一言も発しないで、樹間の空間を2~3メートルの高さで漂う二人。まるでそよ風に流されているようだ。

「からだの中にガスが詰まっているんだろう。針でつついてガスを抜いてしまうぞ!」

 おれは悪態の追い討ちをかけた。ありったけの大声で叫んだ。おれの声が森の木々にはね返されて、何度もこだました。おれは、おれの声が完全に消えるまで、そこに立ちつくした。
 新人類は、おれの存在に気づかないように、あらぬ方向へ視線を向けていた。...と、おれは感じた。だが、やつらがどこに目の焦点を合わせているのかを、おれには判別できなかった、というのが本当のところだ。中性的で表情のないニ人の顔は、やせ気味と太り気味という若干の違いがあったが、一卵性双生児のようによく似ていた。
 何度どなっても、いつものように無反応な新人類。おれは少しいらいらした。

「勝手にしろ」

 おれは樹間のニ人から目をそらせて、歩き出した。ニ人はおれの後でしばらく漂い続けたが、やがて消えた。静まり返った森の中で、おれの呼吸音しか聞こえなくなった。あたりは地面からはね返る陽光で明るかったが、おれは底の知れない黒い孤独を感じた。

 絶望の過去

 小道は、木立のない森の中の広場に出た。広がった空から降り注ぐ陽光があたりに映えて、全てが恐ろしいほど鮮明に見えた。広場には、大きな角ばった物体がいくつも転がっていた。物体の表面は、絶え間なく成長するつる草と雑草によって、すき間もなくおおわれていた。植物をかき分けて、物体の確認をする必要はなかった。昔の都市の残骸に過ぎないコンクリート塊なのだ。

 それは旧人類の文明の痕跡。都市の廃墟を見るのはむなしかったが、同時に心のどこかで懐かしさを感じた。
 やつらは都市を作らないのだ。新人類は恐らく住居さえも持っていない。都市の残骸でも、おれを旧人類の世界に結びつける象徴なのだ。
 廃墟に、旧人類の記録が残っていることがあった。それは、新聞だったり、本だったりした。写真集もあった。そんな過去の記録を見つけると、かつて生きていた多くの旧人類の息吹を感じ、小さい頃にどこかへ消えてしまった両親を思い出した。

 広場の中央で、2個の大きな長方形のコンクリート塊が、斜めに寄りそっていた。その下の三角形の暗がりがおれを誘った。雑草をかき分けて暗い穴へ這い込んだ。崩れた大理石の階段が、下へ続く穴の中に伸びていた。

 階段を降りきったところに、大きな部屋があった。どこからか入り込む細い日光が、室内をぼんやりと浮き上がらせていた。
 暗闇に目が慣れると、室内の様子がはっきりと分かった。おれは身震いした。もとの姿を保っている過去の遺物が、所狭しと積み上げられていたのだ。白く軽いほこりに被われてはいたが、遺物が何かは容易に判断できた。

 そこは歴史保存館だった。過去の書物、テープやDVDなどの磁気記録媒体、それにパソコンが、整然と並んだメタル・ラックに収められていた。過去を知るためのデータ探しが容易になるように、磁気記録媒体は継時的に並べられていた。

 おれは、DVDを見るために、気温差発電装置のついた大型タブレットを探した。それは、まるでおれが使うのを待っていたかのように、部屋の隅のテーブルの上に置かれていた。
 飢えきった人間が、やっとありついた食べ物を口の中へ放り込むように、おれは行動した。旧人類の生活を記録したDVDを、次々とタブレットにかけた。映像は鮮明だった。おれと同じ旧人類の姿が、目の前に現れた。話し声が部屋の壁に反射して、あたりに満ちた。両親と別れてから、20年以上も一人でさ迷ったあげくに、やっと同族にめぐりあったような気がした。細胞の深奥にまでしみ込んでいた孤独感を忘れて、DVDを次々と見た。

 記録は、旧人類の悲劇を生き生きと物語っていた。おれは、今まで知らなかった旧人類の詳細な歴史を知った。

 生物進化の転換点で、旧人類の大人が訳もなく行方不明になった。出生率の低下が顕著になった。その頃は、人類の進化が新しい種を生み出しつつあることに、旧人類の誰も気づかなかった。自分の子が新人類に進化しつつあることを、親でさえも知らなかった。新人類の子を持った親は、「考え方も行動も、私たちが子供の頃とは随分違う」、という感想を持ったに過ぎなかった。

 知能が旧人類とは質的に全く異なる新人類は、旧人類に知られることもなく、急速に自分たちを進化させ、新しい種に属する個体の数を増やした。

 旧人類の中にも、英知にたけた洞察力のある人がいた。人々の消失と出生率低下が、種の転換をもたらす過程の一つであることに、気づいた。けれども、気づいたときには全てが手遅れになっていた。新人類に挑戦しようとした人たちが、次々に抹殺された。かつて、ホモ・サピエンスに絶滅させられたネアンデルタール人と同じ運命を、旧人類が辿ることになった。

 数多くのDVDが、社会のそこかしこで繰り返された、旧人類の凄惨な負け戦を記録していた。
 服装が旧人類と同じならば、新人類を見分けるのは困難だった。新人類には、身長がやや高く、面長な顔を持つ傾向があった。けれども、それは、旧人類の見かけのばらつきの範囲内に入る程度だった。
 その当時、新人類はまだ幻のように消える術を持っていなかった。お互いを新人類と誤解した旧人類が、血みどろのどうし討ちをやった。隣人をも死に追いやるどうし討ちは、中世の魔女狩りを思わせた。多くの旧人類の突然の消失は、新人類の仕業だったが、旧人類どうしの殺し合いが絶滅を加速させた。

 タブレットの映像は不快な記録だった。それでも、目をそむけることができなかった。おれは、歯がみし涙を流しながら、映像を見続けた。新人類に対する憎悪が心の中で膨張し、からだが熱くなった。

 出会い

 イブは、ずっと前からそこに立っていたに違いない。

 映像を見るのに夢中になっていたおれは、ふと何者かの視線を背中に感じた。振り向くと、部屋の入り口に若い女が立っていた。赤いタンクトップと白いスカート。薄闇の中で、女の金髪がほのかに発光した。女はちゃんと床に足をつけていた。おれは、思考が停止したように感じた。

 女が、ハスキーな声でささやくように言った。

「あなたは旧人類ね」

 人間の生の声を聞くのは、両親と別れてから、ニ十数年ぶりだった。しばしば出会う新人類は、声を出すことがなかった。新人類の声を聞くことは、今までにただの一度もなかった。

 透き通るように白い肌の女が、おれを見つめている。床が斜めになり、地球がその女を中心にして回転し始めるようなめまいを、感じた。室内が暗くなって、女のからだだけに光が当たっているような気がした。
 女のぬれたような瞳が、深い光沢をたたえて輝いた。少し開いた口からのぞいている白い歯が、紅潮したほほの間に見えた。盛り上がった両胸を被うタンクトップと、ひざ上までの白いスカート。少し汚れていたが、柔らかい生地がしなやかなからだを包み、女らしい曲線を演出していた。

「きみは旧人類か...?旧人類だね」

 おれは一人言のように、自分に向けてつぶやいた。一瞬の間を置いてからの次のつぶやきは、彼女に向けたものだった。

「会いたかった。ずっと探していた。必ず会えると思っていた」

 おれは立ち上がったが、雲の上を歩くようにふらついた。バランスをなんとか保ちながら、一歩を踏み出した。女がおれの顔見つめながら、流れるように近づいてきた。
 おれたちは、両腕でお互いを抱きしめた。女の熱い体温が、何も身に着けていないかのように、おれの皮膚へ直接に伝わってきた。瞳を見つめあった。女以外に存在するものが何もなくなった。女がおれの心の中に充満した。

 廃墟の部屋から外へ出るとき、まぶしい陽光に目を細めながら女が言った。

「私たちには、お互いを呼ぶために名前が必要ね」と、女は意味ありげに笑いながら続けた。「アダムとイブはどうかしら?昔の聖書によると、最初の旧人類たちの名前よ」

 一人のときには名前はいらない。けれども、ニ人になれば名前は確かに必要だ。アダムとイブの物語は、おれも少しは知っていた。第二のアダムとイブになって、旧人類をまた増やしたい、などといういささか子供っぽい願望が、ふと頭を横ぎった。

「とってもいいアイディアだ。きみはイブ。おれはアダム」

 おれは、雑草の中に生えていた赤い小さな花をつみ取って、イブの髪につけた。イブが「クスッ」と笑った。

 ささいな反撃

 この森の気候は温暖で、時々暖かい霧雨が降るくらい。食べ物になる果実はどこにでもあった。毎夜の寝床は、木陰の柔らかい草が密集した場所だった。生活のための気苦労も心配も、何もいらなかった。

 それからの毎日は、とても充実していた。幸せだった。昼も夜も、イブの肌の温かみを横に感じていた。イブが生活の全てになった。それでも、イブと一緒になってから、やつらの出現回数が増えたことには気づいた。

「やつらは、いったい何の目的があって現れるんだろう」

 大木の根本に寝転んだおれは、上を見上げながら言った。地上4~5メートルのところにある、張り出した枝のあたりに、三人の新人類が浮遊していた。影のように非現実的な三人は、何かに注意を向けているようには見えなかった。

「新人類は人の心を読み取れるらしいわ。私たちの心の中をのぞいて、面白がっているのかもしれない」

 おれの横に寝転んだイブが、草の茎をかみながら言った。やつらは声を出さないのだから、他の者の考えを、頭から直接に読み取っていることは、十分にあり得る。おれは、上に浮かんでいる新人類に対して、頭の中で悪態をつきながら、憎悪の感情を高めてみた。気のせいか、やつらは顔をしかめたように思われた。

「前に、新人類に石を投げたことがあったの」と、イブが言った。「でも、当たる前に姿を消してしまったわ」
「おれがやったときもそうだった」

 イブがおれの耳に口をつけた。そんなことをしても、やつらに会話を隠すことはできないと、思われた。けれども、イブは何もちゅうちょをせずに、とても小さな声でおれにささやいた。

「二人で一緒に石を投げれば、ぶつけられるかもしれないわ」

 おれもイブの耳元でささやいた。

「やつらに石をぶつけるのは不可能だよ」

 イブの言葉は断固としたものになった。

「アダム、少し離れたところから石を投げて。私は、あいつらの気のそらせ方を知っているのよ。それをやりながら、私も石を投げてみるわ」

 そこまでイブに言われれば、単なるおふざけでもやらなければならない。おれは「うん」とうなづいた。

 寝転んで、何か考え事をしているようなイブ。思考に集中していることは、細めた両眼からうかがうことができた。手にはすでに小石を握っていた。そんなイブを横目で見ながら、おれは立ち上がった。
 草の間の小石を拾うまでの動作は、ゆっくりとやった。石が手に触れると同時に、振り向きざまにその石を新人類に向かって投げつけた。半信半疑だったが、憎しみは十分に込めた投石だった。
 石が三人のうちの一人に当たった。おれが投げた石とイブが投げた石が、そいつに一度に当たったのだ。やつらが消えた。

 イブは、おれよりも新人類の弱点を間違いなく知っていた。イブの言うとおりにして、新人類に何度か一泡を吹かせることができた。新人類は、何の仕返しもしなかった。俺たちがやっていることは、子供のいたずらのようだったが、憎悪を少しでも新人類にぶつけることによって、奇妙な安らぎが得られた。

 最後の日

 少し暑いくらいのよく晴れた日が続いた。おれたちは森の中をひんぱんに移動した。微風が吹き渡って、森中に静かな音楽をかなでていた。揺れる木漏れ日が、イブのからだにやわらかな縞模様を作った。

「今日は、やつらはまだ現れないね」

 おれは、木の葉の間で輝く頭上の太陽を見つめながら、どうでもいいことを口にした。そして右手に持ったリンゴをかじった。森の中のどこにでもある緑色のリンゴ。甘酸っぱい汁がのどの奥へ流れ込んだ。
 イブは下生えの中にある花をつんでいた。

「あら、向こうに珍しい...」と、イブがつぶやいた。

 かん木をかき分けるイブの姿が、木立の中へ消えた。イブが通り過ぎたあとで、燃えるように真っ赤なイチゴの実が揺れた。おれは、少しの間、イブが立てる物音に聞き耳を立てた。真昼の森から、陽光が笑いさざめいているような乾いた音しか、聞こえなくなった。

 少し不安になった。イブが通ったあとを辿ることにした。イブの足に踏まれて倒れた草が、起き上がろうとしていた。木立の中へ数十メートルほど入ったところで、下生えの踏みあとが消えていた。あたりにイブの気配はなく、やわらかな下生えが風にそよいでいるだけ...。胸の中に、不安が渦を巻いて湧き出た。

「イブ!」と、おれはどなった。「イブ!どこにいるんだ?」

 声は森に吸収された。おれは耳を澄ませた。返答はなかった。

「イブ!」

 周囲を見回しながら、あらん限りの力をふり絞って叫んだ。

 どこか遠くで誰かが叫んだように思われた。おれはその声に注意を集中した。

「アダム...」

 声は前方からではなく、今おれがやって来た後の方から聞こえた。おれは後戻りをして走った。鋭い小枝が皮膚を傷つけたが、そんなことに構ってはいられなかった。草が足元で入り乱れた。樹間の陽光が鋭く輝いた。息が切れた。
 目の前が突然に開けた。白く輝く早瀬が、眼前で透明な冷たい淵を作っていた。裸になったイブが、水の中へ入ろうとしていた。イブが脱ぎ捨てた衣服が、大きな花びらのように川原で輝いた。

「どうしたの?そんなに息を切らせて...」

 イブは、青い反射光を受けた、透き通るようなほほに笑みを浮かべて言った。

「ここの水は、冷たくてとっても気持ちがいいわ」

 流れのさわやかなざわめきが、おれの耳にどっと入ってきた。からだ中の力が突然に抜けた。

「水は冷たそうだ。風邪を引かないようにね」と、川原の丸石に腰を降ろしながら、おれは言った。

 その石の周辺に、小さい黄色の花が何本か咲いていた。

 残された復讐

 小川の上空は開けていて、斜め上から射す強い日光が、まぶしいほどのきらめきをあたりに与えていた。

「石にコケが生えていて滑りそうだわ」

 裸のイブが、両腕を伸ばしてからだのバランスを取りながら、水の中へゆっくりと入った。両足が、透明な水に溶け込んでいるように見えた。

「転ばないで!気をつけて!」と、おれは叫んだ。

 叫んでから、横向きなったイブの下腹部が少しふくらんでいるのに、気づいた。おれのからだ全体に緊張が走った。

(まさか、妊娠しているのでは?)

 揺れ動くイブの白いからだに、森の緑が映った。そんなイブを見つめながら、おれの頭の中で思考が渦巻いた。

(イブもおれも旧人類だ。いいや、イブとおれだけが旧人類なのだ。今まではそうだった。でも、二人の間に子供が生まれれば、三人目の旧人類の誕生になる。この地球上に残された旧人類が増える。家族三人の暮らしになる...)

 イブが水を手ですくって顔をぬらした。おれに向けた瞳が笑っているように見えたが、その瞳の奥に、理解するのが難しい不思議な光を宿らせていた。

「ウワー、気持ちがいいわ。アダム、あなたも水に入ったら?」

 なぜか、おれの疑問を、その場で口に出すことができなかった。「うん」と答えると、おれは服を脱ぎ始めた。

 イブの両足が水の中に消えた。強烈な太陽光が、イブの向こう側で水に反射した。強い光が、イブのからだを通り抜けた。その瞬間に、イブの半透明になったからだに、骨格を思わせる奇妙な影を見た。まるで昔のレントゲン写真のようだった。けれども、影は、人間の骨格に特徴的なバランスの欠如を、示していなかった。とても精緻に組み上げられた、非人間的な骨格に見えたのだ。そして下腹部に小さな丸い影...。

 氷水を頭から浴びたように、おれのからだ中に鳥肌が立った。心のどこかに潜んでいた、意識下の小さな疑惑が、突然に巨大な黒い翼を広げてきた。おれは「ギャー」と悲鳴を上げた。
 イブがこちらを向いた。両の瞳が氷のように冷たい光をたたえた。二人の間の時間が停止した。

 一人の新人類がイブの上空に現れた。光芒が満ちた空に浮かぶ、黒い影のような新人類。その新人類が消えると、対岸の深い森へ向かって、イブが淵の中を歩き始めた。後を振り返ることはなかった。森の入り口で、イブのからだが白い炎のようにゆらめいた。白い裸身が透明になってすっと消えた。

「イブ」と、おれはかすれた声でつぶやいた。

 激しい頭痛が混迷した心を突き抜けた。思考が限界を超えて回転した。

(イブ、おれは旧人類だ。お前たちに迫害され続けた、旧人類の最後の生き残りだ。おれの種から全ての希望を奪って、絶滅させたお前たち。旧人類最後のおれまで、地獄の底へ落とすのか。もう、お前たちの意の通りにはならないぞ)

 おれの思考が支離滅裂になった。それから、一つの方向へ収束した。

(お前たちがにくい。必ず復讐してやる。でも、おれにはお前たちに手を触れることができない)

 鮮烈な思いが心の中に広がった。その思い以外のことを考えることができなくなった。

(おれにできる復讐...死ぬことだ。生きる希望の全てを奪われてしまったのだから、死ぬのは簡単だ。おれが死んでしまえば、お前たちの慰みごとが一つ減る。お前たちに対する復讐。旧人類最後の復讐...だ)


                        
小説 2013/3/21

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