Story 5

水惑星人と火惑星人

水惑星の知的生命体

宇宙空間からは、その惑星は、しみひとつない滑らかな表面が青く輝く、完全無欠な球体に見えた。その完璧さは無機的と言ってもいい。とても生物が住んでいるようには見えなかった。
陸地は全く存在しない。その水惑星は広大な海で被われていた。陸上生物が進化する可能性は全くない。しかし、宇宙のその一角にも、生命体は存在していたのだ。

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水惑星人はそこで進化した。からだの90パーセントは水からできている。水分子は隙間もないほど密に集まって、水惑星人の皮膚を形成していた。
青い青い皮膚。水惑星の澄み切った海水と同じ青さだ。海水面に浮かび出れば、陽光を反射して、最上質のサファイアよりも青く輝く。

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水分子は、離合集散が自由奔放なところに特質を持つ。
水惑星人は、どのような形にでも変身をすることができた。
皮膚の水分子の並び方を変えれば、瞬時にして、クジラのような形になることができた。ゾウのような形になることもできた。

もっとも、水惑星にはクジラもゾウもいなかった。水惑星人に、これらの動物と似た形に変身をしてもらうためには、細かい説明が必要になる。水惑星人の知能の高さを考えれば、この説明には10分もあれば十分だ。

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水惑星人は、分裂して何百億という個体に分かれることができた。また全ての個体が瞬間的に合体して、巨大なひとつの生命体になることもできた。

水惑星人が星間移住を決めた理由

水惑星人は、長い進化の間に、水惑星の環境にとてもよく適応した。その結果、成長能力が極限にまで発達してしまった。環境への過剰適応は、進化上必ずしも歓迎すべきことではない。

何しろ、全ての個体が合体すれば、惑星の3分の1を被うほどの大きさになったのだ。これでは、惑星上で運動をするのも不便になる。また、からだから出る大量の代謝物が海に溜まって、深刻な環境汚染の原因になった。そこまでいけば、いくら環境に適応していても、さすがにこの惑星上では住みにくくなる。

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そこで、水惑星人は、その一部を、どこか他の惑星へ移住させるという、意志決定を下すことになった。合体する前の、何百億の意識がやったと言えばいいのか、合体後の、たったひとつの意識がやったと言えばいいのか、地球人にはちょっと説明しにくい。

炭素系生物である地球人は、水惑星人をとても奇妙な生命体と思うかもしれない。けれども、からだを構成する物質こそ、地球人とは完全に異なるとはいえ、高等知的生命体という称号を与えてもいいほど、科学を高度に発達させていたのだ。

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その科学史をざっと振り返ってみる。

かつて、水惑星人のからだの一部が分裂し、風に飛ばされて空中を舞った。この産まれたばかりの小さな水惑星人が、偶然にも飛行術を覚えた。他にも風に飛ばされる分裂体はあったが、この分裂体ほど、強烈な好奇心は持ち合わせていなかったのだ。
最初の飛行する分裂体は、平らにしたからだを、鳥のつばさのようにバタバタさせながら、空を飛んだ。やがて、同じように好奇心の強い他の分裂体が、前の分裂体の経験を学び、飛行術をより発展させていった。

からだの一部を、プロペラのように回転させて、より速く空を飛ぶ者が現れた。最後に、からだにある水素原子をエネルギーに変換し、ロケットのように空を飛ぶことができるようになった。

技術の進歩には限界がない。高速飛行に耐えられるように、からだの形を変えたばかりではなく、皮膚を超硬度にして、宇宙空間へ飛び出すことまで可能になったのだ。

ここまで科学を進歩させるのにかかった時間は、5000年ほどだった。

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水惑星人は、合体したからだ全体の半分を切り離し、そのからだで、他の惑星へ移住するための宇宙船を作り上げた。宇宙船自体が、宇宙空間を他惑星へ向かって飛行する、巨大な球状の生命体なのだ。

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残った半分に悲しい別れを告げると、大きな希望と若干の不安を胸の内に秘めて、その宇宙船はゆっくりと海から空中へ浮き上がった。水惑星の表面に広大な影が映えた。青い宇宙船は、青い母惑星から産まれた、もうひとつの青い惑星のように見えた。

それは、急速にスピードを増しながら上昇していった。そのまま空高く昇っていき、呑みこまれるように空のかなたへ消え去った。

火惑星の知的生命体

宇宙空間からその惑星を見ると、惑星全体が真っ赤に燃え上がっているので、惑星というよりも、猛烈に活動をしている小さな恒星のように見えた。
全体が火の海の惑星。この惑星の内部では、核分裂と核融合が同時に起きていた。

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火惑星人はそこで進化した。長い進化の過程で、惑星の環境に完全に適応したからだが、作り上げられた。からだの中で、原子の崩壊と融合が同時に起こっているのだ。
核融合は体表面に集中して起こっており、その核融合の層が皮膚になっている。

猛烈に流動する原子が、からだの基本的な構成要素なのだ。そのおかげで、火惑星人は何百億という個体へ分かれることができた。また、惑星表面の3分の1を被うほど巨大なひとつの個体へと、瞬時に融合することもできた。
そんな柔軟性のおかげで、どのような形にもなることができた。

火惑星人が星間移住を決めた理由

しかし、ここでも、惑星の環境に過剰適応してしまった、生命体の悲劇が起こった。火惑星人が余りにも巨大になりすぎたために、惑星の環境破壊が進んでしまったのだ。火惑星は、火惑星人にとって、とても住みにくい惑星になってしまった。

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そこで、お決まりの他惑星への移住となった。

火惑星人も、宇宙飛行ができるほど、科学技術を発達させていた。火惑星人は、そのからだの半分を切り離し、それを使って巨大な火の宇宙船を作り上げた。

巨大な球状の宇宙船を飛ばす燃料などは、お手のもの。何しろ、核分裂と核融合を繰り返す、自分のからだそのものが、永遠に燃え続ける宇宙船の推進燃料なのだ。

太陽系方向への星間飛行

水惑星は、渦状星雲である、銀河系宇宙の星の渦に含まれる腕のひとつの中に、位置していた。その渦の腕の中に、太陽系も存在していた。水惑星は、銀河系宇宙の中心から見て、太陽系よりも外側にあった。

それに対して、火惑星は、同じ星の渦の腕の中ではあったが、太陽系よりも、銀河系宇宙の中心部に近いところにあった。

水惑星人と火惑星人の宇宙船は、それぞれが、銀河系の中心方向と、それとは逆の銀河系の外側の方向へ飛んだ。

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ふたつの宇宙船は、1200年に渡る旅を続けた。その間に、多くの惑星を詳しく観察し分析をした。この忍耐を必要とする膨大な努力にも関わらず、理想の惑星はなかなか見つけることができなかった。
本来は楽天的とはいえ、水惑星人も火惑星人も、さすがに疲労と失望のために、心がくじけそうになった。出発時の希望と夢が、風前のともしびのように消えそうになった。

そんなとき、最後に、太陽系第3惑星が居住可能なことを、両惑星人は同時に知ることになったのだ。

両惑星人のコンタクト

最初の解析結果を見て、両惑星人とも歓喜のために跳び上がった。だが....。

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高度な科学をマスターしていた、これらふたつの惑星の知的生命体だ。太陽系のはるか手前から、他の知的生命体の宇宙船が、太陽系へ向かって同じように飛行しているのに、気づいていた。

しかし、異星人どうしのコンタクトは、太陽系へ入る手前で初めてなされた。それも、互いによく観察できるように相当に接近をしてから、やっとコンタクトしたのだ。本能的な不安が、アクションを取るのを遅らせたことになる。

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まず、水惑星人が、火惑星人へメッセージを送った。
「あなたは、どこから来てどこへ行くのですか?」。

火惑星人はいやな予感を感じながらも、おごそかに答えた。
「私は、銀河深度8.31、角度73.95、距離102.85にある惑星から、新しい居住地を求めて、長い旅を続けてきました。最後にやっと、この太陽系に、居住可能な惑星を見つけたのです。今、そこへ向かっています」。

水惑星人は動揺した。しかし、高等知的生命体の誇りを失わないように、つとめておごそかな声で言った。
「私が出発した惑星は、銀河深度8.92、角度65.33、距離110.89にあります。私も、この太陽系に居住可能な惑星を見つけました」。

火惑星人は、かんぱつを入れずに聞いた。
「その惑星はどれですか?」。

水惑星人は、暗黒の空に、他の恒星よりもずっと強く輝いている、太陽のほうを指し示しながら言った。
「水がたくさんある、第3惑星です」。

火惑星人の巨大な炎で燃え上がるからだが、爆発でもするかのように突然ふくらんだ。その輝きが数万倍も増した。そしてすぐに言った。
「私も、第3惑星に住むつもりです。あなたは、別の惑星にしてはどうですか?」。

水惑星人のからだ全体が、脈打つように、急速に大きくなったり小さくなったりした。からだの本体が見えなくなるほど、水蒸気が猛烈な勢いで周囲へ噴き出した。水色のからだの表面に、濃紺色の縞模様が現われてうごめいた。

あきらかに興奮していた。言葉の調子が激しくなった。
「あなたこそ、別の惑星に住んだらどうですか?惑星は9個ある。もっと太陽に近い、熱い惑星に住めばいいのに。私には水が必要です。第3惑星以外に、住める星はありません」。

火惑星人のからだが、黄色と赤色のフラッシュを交互にまたたかせるように、ひかり輝いた。火惑星人も興奮していた。
「何を好き勝手なことを言うのですか!第3惑星の元素組成を見なさい。私のからだを、末長く燃やしつづけるには、第3惑星のバランスの取れた元素群が必要なのだ。私には第3惑星しかない!」。

ふたりの異星人は、同時に叫んだ。
「私のからだを見なさい。こんなに小さくなってしまった!長旅で、エネルギーをたくさん使ってしまったのだ!他の星へ行くエネルギーなんて、もう残っていない!」。

故郷の惑星から出発したときに比べれば、ふたりのからだは15%しか縮んでいなかった。だが、太ったやせたは、炭素系生物である人間と同じだ。これらの異星人にとっても、主観の要素が大きい。

高等な知的生命体どうしの理不尽な殺しあい。そんなことを望まない、平和を愛する知的生命体であるふたりは、ふたたび同時に叫んだ。
「それならば、どちらが先に第3惑星に着くか競争をして、先に着いたほうがあの惑星に住むことにしよう」。

ふたりは、一卵性双生児のように同時に答えた。
「いいとも!望むところだ!」。

パニックにおちいった地球人

太陽系の外側の空間を、日常的に観察している地球各地の天文台が、ふたつの天体を発見するまでに、長い時間はかからなかった。

同じような方角から、ふたつの星が地球へ近づいてくる!気づいた地球人は、とても驚いた。それらの星は、ふたつとも超高速で、地球めがけて飛んでくるのだ。
地球人は、じっくりと観察をし、その結果を解析してから、星の正体を見極める時間的な余裕を持つことができなかった。

地球の観測陣を総動員して、なんとか分かったことは、星のひとつは異常に小さい恒星のように見え、核融合と核爆発で燃え上がっているということ。もうひとつの星は、極寒の宇宙空間にありながら、水が凍っていない水の星であるということ。

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それらの星の正体はともかく、月ほどもある巨大な天体がふたつ、地球への衝突コースに沿ってまっしぐらに飛んでくる!

地球上に突然大パニックが広がった。ふたつの星を止める手だても時間もない。この世の終わりだ!

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自ら赤く輝く星と、太陽の光を反射して青く輝く星が、肉眼でも並んで見えるようになった。ふたつの星は、ぐんぐんと大きさを増した。

家に地下室のあるひとは、地下室へ逃げこんだ。地下室のないひとは、ビルの地階へ逃げこんだ。空を見上げたまま、外で祈りをささげるひともいた。この世の終わりに、自分だけは助かるように、と。気がおかしくなるひとも大勢いた。口から泡を吹きながら、うつろな眼を空に向けた。

ふたつの星は、昼間でもはっきりと見えるようになった。飛んでくるコースは全く変化せず、真正面から地球へ衝突する!

突然の終えん

もう終わりだ。全てが終わりだ。誰もがそう思った。しかし.......。

外で空を見上げていた人たちは、壮大な宇宙ドラマを目撃することになった。

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水惑星人と火惑星人は、先陣争いのために、余りにも先を急ぎすぎた。お互いに近づきすぎたことに、最後の瞬間まで気づかなかった。

気づいた時は遅かった。
ふたつの巨大な異星人のからだが接触した。水と火は、激しく混じりあって爆発した。爆発のあとに残ったのは、宇宙空間に漂う巨大な水蒸気の雲だけ........。

小説 2008/10/20

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