Story 18

終りなき夏

今までのあらすじ

最終核戦争によって、北半球の人間は死に絶えた。核爆発による南半球の被害は、比較的小さかった。だが、高濃度の放射性物質が北から南へ拡散した。オーストラリア大陸にわずかに生き残った人間たちは、生き残りのために、絶望的な戦いを繰り広げていた。

ロッドの妻のデラは、理由も告げずに、メルボルンの近くに建設された、人工冬眠施設に入った。絶望の未来で目覚めることを望んだのだ。取り残されたロッドは、デラの思い出を辿りながら、枯れ上がった原生林をさ迷い歩いた。その途中で、ヘリコプターで飛来した残虐な狩猟警察官たちと、撃ち合った。

二人が休暇を過ごした山小屋で、ロッドはデラが書いた手紙を見つけた。彼女が去った理由は、その手紙に書かれていた。

狩猟警察が追いついてきて、銃撃戦になった。ロッドはこの闘いに破れた。しかし、シェイラという見知らぬ女が彼の命を救った。彼女は狩猟警察に対して、激しい憎悪を示した。

第3章 明かされた秘密

ロッドとシェイラは、彼の肩の傷が治るまで、2週間待ってから、狩猟警察の基地を攻撃することにした。それまでの間、この山小屋が彼らの家になるのだ。つかの間の休息の場所。

* * * * * * * *

二人は非常に疲れていた。自家発電装置はなく、ローソクのような明かりもなかったので、ダンデノン丘陵を夜の闇が包んだときに、二人はベッドに入った。

遠方の原野の火事から漂ってくる、濃い煙が満ちた夜の空には、星もなく月もなかった。一片の淡い光も存在しない漆黒の空。家の中には完全な闇が存在した。タールのように重い闇だ。

シェイラが右側に横たわっている。デラの代わりに。思いがけなく、ロッドはデラの面影を思い浮かべた。闇の中でほほ笑む蒼白いデラ。けれども、彼女は今や余りにも遠く、別の世界にいるのだ。

深い闇の底で、シェイラの腕が彼のわき腹に触れ、現実の女の皮膚の温かみを伝えた。ロッドは、手のひらを彼女のからだの上で滑らせた。柔らかいからだに接触して、女だけが与えてくれる、心からの安らぎを覚えた。

二人とも裸だった。彼女のからだは真夏の陽光のように熱かった。ロッドは横向きになると、自分のからだをシェイラに密着させた。シェイラの柔らかいからだが、ロッドを包みこむように広がった。

「疲れていないの?」
彼女はかすれた声でロッドに尋ねると、からだを強く押しつけてきた。

「大丈夫だよ、シェイラ」

彼女は、ロッドのからだをやさしくなでさすった。そしてロッドも。シェイラは手を離してあえいだ。男と女の根源的な行為の中で、彼女は繰り返しエクスタシーに達した。

* * * * * * * *

激しい行為のあとで、彼らはお互いの弛緩したからだを抱きしめた。汗が冷えた。

しばしの沈黙を、シェイラの静かな声が破った。
「ロッド、今までに何が起こったのか、全部を話すわ」

ロッドは即座に感づいた。彼女は、何か治癒することが不可能な過去の傷を、押し殺した声で、心の表面に押し出そうとしている。彼は何も言わずに、シェイラを両の腕でさらにしっかりと抱きしめた。

彼女はかすかに息を吐いた。それはため息のように聞こえた。

「私はシドニーの郊外で産まれた」と、シェイラは低い単調な声で話し始めた。「そこで大きくなったわ。核戦争が始まる前の生活は、本当にすばらしかった。やさしい父と母、たくさんのとってもいいお友だち。週末には皆でハイキングに行ったわ。バーベキューのにおいを今でも思い出す。長い休暇のときには、国内や海外、あちらこちらへ旅行をした。それは、私の人生の春のときだったの」

シェイラは沈黙した。沈黙は一瞬だったが、長い時間が瞬間的に流れたように感じられた。ロッドは何も言わなかった。過去に向かって話しかけるような、シェイラの単調な言葉が続いた。
「そして、マイクに出会ったの。低く柔らかい声は素敵だった。彼って、私にとってもよくしてくれたのよ。いつもまわりにいて、私のどんな話でも聞いてくれたわ。そして、ずっと前から決まっていたように、自然に結婚を考えるようになった。結婚式は、北半球で戦争が始まってから、2年くらい経ったときだった。式の途中で平和のお祈りをしたけれども、そのときは、戦争はまだどこか遠い世界のできごとだった。南半球のオーストラリアが戦争に巻きこまれるなんて、夢にも思わなかったわ。私たちはハネムーンのために、ヴィクトリアとニューサウスウエールズの州境にある、マラクータへ出かけたの。二人とも、小さい頃から親と一緒に休暇を過ごした町。ロッドも知っているわね。とってもきれいなビーチがある町よ」

酸素が不足したので、いくら吸っても吸い足りないとでもいうように、彼女はとても深く息を吸いこんだ。あたりには完全な静寂。外の風は止まってしまったのだろうか?木々の擦れ合う音さえも聞こえなかった。シェイラの呼吸音が闇の中へ広がった。

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再び話し始めたとき、シェイラの声は震えていた。震えはかすかだったが、彼女の声しか存在しない完全な闇の中で、家全体が、声に反応して震えているように思われた。

「私たちがマラクータにいたとき、オーストラリアへ飛んできた最初の核ミサイルが、シドニーを直撃した。その爆発で、300万人の人たちが死んでしまったわ。両親は亡くなった。友だちも亡くなった。私の家族も家も、この世から消えてしまったのよ。そのあとに起こったことは、全部、本当に恐ろしかった」

シェイラは、聞こえない言葉で何かをつぶやいた。ロッドの腕の中で、今にも消え入りそうなほどに、存在感のない弱々しい女に変わっていた。からだが、とても小さくなったように思われた。

「そして....奴らが来たのよ。黒いヘリコプターに乗って。4匹の野獣よ。悪魔だわ。奴らはマイクの目の前で、私を交代でレイプした。それから私の目の前で、マイクを拷問したわ。マイクは、死によって解放されるまで、長い間苦しみ続けた。マイクが死んだとき、からだは変形して、もとの形を留めていなかった。そして、奴らは、マウント・ビューティーの警察基地へ私を連れていった。それから....」

からだが小刻みに震え出した。シェイラは押し殺した声で泣き始めた。ロッドは、彼女の熱い涙が自分の胸をぬらすのを感じた。涙は止めどなく流れた。ベッドが涙でぬれた。

「最後に、そこから逃げることができたわ。けれども....私は妊娠してしまった。私のお腹の中に、獣の子がいるのよ」

泣き声が、重い闇を突き抜けて周囲へ広がった。間断のない号泣が、息をするいとまも与えなかった。彼女は激しくあえぎながら叫んだ。
「私は....死にたい....死にたい。けれど....死ぬ前に奴らを殺さなければ....野獣を全部殺さなければ。殺すのよ、殺す、殺す、殺す」

夜の深い闇が、苦悶に満ちたしぼり出すような叫び声を、吸いこんだ。重い闇の中から反響はなかった。

ここに、精神が完全に破壊しつくされた人間がいた。死ぬことだけを望んでいる人間。殺すことだけを望んでいる人間。シェイラは、ロッドよりももっと大きなダメージを、心に受けていたのだ。どのような言葉も慰めにはならないことを、ロッドは悟った。

彼はシェイラの背を撫でさすった。彼女のからだが、嗚咽とともに激しく震えた。

二人が出会ってからの2週間の生活。それは、地獄の中の天国だった。

山小屋は、さ迷い歩く絶望的な生存者によって荒らされていた。以前の生活では、あるのが当たり前だった生活必需品が、ほとんど残っていなかった。けれども、シェイラは散在していた小物を効果的に使って、部屋をきれいに保った。窓に下がっていたカーテンを、ベッドのシーツにした。木の枝を挿した花瓶を、窓辺に置いた。

ロッドは下の沢から清水を運んだ。流れは細くなっていたが、沢に小さなダムを作ると、二人の人間が使う量の水は、十分に確保できた。シェイラは彼の包帯をしばしば取り替え、服を洗い、そして料理を作った。小さな暖炉に火種を保つことによって、料理はいつでもできた。

ロッドは、少し離れた海辺へ時々出かけた。数本のボトルに海水を入れ、リュックで小屋まで運んだ。海水を煮つめ、水を蒸発させて塩を作り、肉を塩づけにした。手元にある食物は、人肉と小魚、カイ、カニ、海草だけだったが、空腹を満たすにはそれで十分だった。

ロッドは、美しい貝がらを海辺で集めると、カーテンのほぐれた糸を使って、シェイラのためにネックレスを作った。彼女は、そのとてもささやかなプレゼントにも、開けっ放しで喜びを表わした。

* * * * * * * *

それは、愛しあう一人の男と一人の女の、普通の生活だった。その間、彼らは攻撃のことをほとんど話さなかった。まるで忘れてしまったかのように。核戦争の前の正常な世界に住んでいるように、二人は毎日を過ごした。

そうはいっても、時には現実の世界へ引き戻されることがあった。ヘリコプターの床に転がっていたポータブル・ラジオが、そのきっかけを作った。

十分すぎる時間をつぶすために、電池がまだ残っていたそんなラジオが役に立った。世界のどこかからの放送をキャッチするという希望は、ひとかけらも持っていなかったが、二人は、テーブルに乗せたラジオのスイッチを入れた。もしもそこに他の人がいたならば、二人の行為は、文明の痕跡をうやまう、地球上に残された、最後の人間たちの儀式のように見えたはずだ。

スイッチを入れた途端に、放射性物質のささやきのような乾いた雑音が、小さなラジオからもれた。かつて、数限りない言語を使って話す声や、多種多様な音楽が、空中に満ちあふれていた地球。今や、完全な沈黙の中にあった。どのように鋭敏な耳にも、人の声や音楽のかけらを、ラジオから聞き取ることはできない。

一度、聞き慣れたヘリコプターの重いエンジン音が、頭上を通りすぎた。狩猟警察が、消え去ったヘリコプターの捜索をしているに違いない。しかし、深い樹林と漂う煙の中に埋没している、二人が獲得したヘリコプターを、上空から見つけることは容易ではない。狩猟警察のヘリコプターが、その後、山小屋の上を飛ぶことはなかった。

* * * * * * * *

2週間後には、二人が期待していたように、ロッドの肩の傷はほとんど治った。彼は、左肩を自由に動かすことができるようになった。

ロッドは、山間の低地に停まっていたヘリコプターを、注意深く点検した。記憶のどこかに、ベル52ーM型戦闘ヘリコプターの操縦法が、しっかりと植えつけられていた。彼は、間違いなく、かつてこのタイプのヘリコプターを操縦したことがある。ロッドは、このヘリコプターの操縦を今でも容易にできる。

ヘリコプターに搭載されている火器は、強力なものだった。それらのいくつかについては、ロッドになじみがあった。初めて触れる火器の扱い方も、難しくはなかった。しかし、誤操作は自らを危機的状況に置く。火器による攻撃はシェイラが担当する。ロッドは、全ての武器の扱い方を、シェイラに注意深く教えた。

装甲車両も破壊する20ミリ機関砲が、ヘリコプターの胴体の両脇についていた。銃身の先の二つの砲口は、不気味な黒い瞳のように、前方へ突き出ていた。軽量だが強力な対戦車ハンド・ミサイルが、戦闘員席の横の壁に掛けてあった。小型のナパーム爆弾やスモーク爆弾も装着されていて、戦闘員が自席から操作できるようになっていた。

もしもこのガン・シップをうまく使えば、ちょっとした戦争においても、敵の部隊に勝てるように思われた。狩猟警察との戦いで、勝利を収められるかもしれないと、ロッドはシェイラに話した。そのときの彼は、自分でもおかしいほどに楽天的になっていた。ここまで楽天的になったことは、思い出せる範囲の過去にはなかった。ロッドに共鳴したように、シェイラもとても楽天的に見えた。

その二人の希望を成就するために、敵のヘリコプターが全部地上に駐機している早朝に、奇襲攻撃をかけるのが得策だ。マウント・ビューテイーは、ダンデノン丘陵から北東へ200キロのところにあった。彼らは、夜明け前に出発することにした。

二人で計画を話しているとき、ロッドは、以前に感じた殺しの前の興奮を全く感じなかった。頭の中を占めた感情は、殺しを予感した喜びの高揚ではなく、シェイラに思いを遂げさせようという決意だけだった。

その日がやって来た。静かな日だった。風はない。どちらかといえば涼しい。それは6月だった。南半球では冬だ。

ロッドの体調はよかった。放射性の塵にさらされるようになってから、これほど自分の健康を良好に感じたことはなかった。完全な健康体と同じように、自由に動き回ることができた。左肩を激しく動かすと、まだ少し痛みを感じたが、動作に不自由は全くなかった。からだの中に力がみなぎった。ロッドは、自分のからだが放射能で汚れきっていて、回復は不可能なことを忘れた。

シェイラもとても健康そうに見えた。それ以上に、とても幸せそうだった。ブルーの瞳が、雲一つない夏空のように輝いていた。

まだ薄暗い山肌を、懐中電灯を頼りに、ヘリコプターへ向かって歩く二人は、まるで春の日のピクニックのように陽気だった。ロッドは、戦争前のヒット・ソングを口ずさんだりした。その瞬間、死は、二人にとっては何の意味も持っていなかった。

ヘリコプターに乗りこんでから、離陸するまでの時間は短かった。事前の点検が十分だったおかげだ。

腹の底にひびくエンジンのうなりと、風を切るローターの音が、彼らの耳を満たした。ヘリコプターは軽々と舞い上がった。黒い山間の低地が眼下の薄闇の中へ消えた。ロッドは、ヘリコプターを一回転させると、機首を北東の方角に向けた。

離陸して間もなく、ロッドは、左側下方の暗い煙の海の中に、大きなドームのような物を見た。それは人工冬眠施設のように思われた。

凍ったデラの顔。冷たく、青く、目を閉じて....幻影が頭に閃めいた。操縦幹を握る手に緊張が走って、力がこもった。だが、その黒ずんだ突出物が人口冬眠施設ではないことに、すぐに気づいた。施設は、ここから北西へ、少なくとも50キロメートルほど離れたところにある。

たとえ、それが本当に人工冬眠施設だとしても、ロッドはそちらへ飛んでは行けない。それは、彼にとって何の意味も持っていないのだ。今のロッドと関係はない。過去に所属している。切り離され、永遠に失われた過去。

ロッドとシェイラには、無駄にする時間はなかった。彼は、真正面を見つめているシェイラを、横目で見た。地平線に間もなく顔を出す、太陽の最初の弱い光の中で、彼女のほほが輝いていた。ほほの紅潮がはっきりと見て取れた。

シェイラ....彼女はロッドを必要としていた。そして、彼はシェイラを助け、彼女を喜ばせるのだ。ロッドは、操縦幹をもう一度しっかりと握りしめた。

* * * * * * * *

ヘリコプターは、次第に明るくなる大気を切って飛んだ。薄く青い煙が横を飛び過ぎた。昇ってくる太陽の光の中へ入りこんだとき、空が瞬間的に輝いた。前方に黄金色の地平線が広がった。まだ薄闇に包まれている下方の大地は、平和な眠りに浸っているように見えた。

オーストラリア大陸の東海岸に沿って、南北に分水嶺が伸びている。出発地だったダンデノン丘陵は、その南端にあった。ヘリコプターは、北東にある分水嶺の最高地点へ向かって飛び続けた。

山々が険しくなった。渓谷が深くなった。重く濃い煙が淀んだ渓谷のそこここに、まだ夜の闇が漂っていた。渓谷の闇から、薄く青い煙がたなびく空へ突き出た、分水嶺の突端。長く伸びる丘陵は、巨大な死んだ魚の背のように見えた。

500メートルの高さのヘリコプターからは、一本一本の木々を見分けることができなかった。黒ずんだ分水嶺の突端は、やわらかいカーペットに被われているように見えた。

マウント・ビューテイーに近づくにつれて、山の高みは増し、その表面は緑色になっていった。そこは分水嶺の最高所だ。水蒸気を豊かに含んだ、煙よりももっと濃い雲が、タスマニア海から吹き寄せる風によって、山々の頂上へ吹き上げられる。このあたり一帯は、驚くほどに雨が多いように見えた。

彼らは、分厚い雲を突き抜けて飛び進んだ。今や、雲の切れ目を通して、山々を被った柔らかいカーペットのような草原と、緑色の樹海を見分けることができた。

下方を漂う煙が薄くなり、視界が広がった。この終りのない夏が来る前は、下方の山々の斜面はスキー場だった。オーストラリア大陸で唯一、スキーができるほどに、雪が降るところだった。

ヘリコプターは、スピオン・コプジェ山とネルス山の手前の低地に広がる、ロッキー・バレー湖の上を飛び越えた。ロッドは、スピオン・コプジェ山の山麓に沿って、機体を大きく左へ旋回させた。

このあたりのどこか、両山の間に狩猟警察の基地があるのだ。ロッドはヘリコプターの高度を下げた。一本一本がはっきりと見えるようになった木々が、ヘリコプターの下を飛び去った。

警官たちは、もうエンジンの唸り声を聞いたに違いない。彼らは、敵が近づいてきたと考えているはずだ。この世界では、未知の者を全て敵と見なさなければ、何者も生き延びることはできない。

基地を見つけ出すための時間的な余裕は、ロッドとシェイラにはほとんどない。しかし、山々の間に漂っている煙と、水蒸気の混じった雲のような霧が、視界を狭めていた。彼らは、基地の痕跡さえも見つけることなく、スピオン・コプジェ山とネルス山の間の渓谷を、飛び越えた。

ロッドは、青いかすみの中で方向転換をし、さらにヘリコプターの高度を下げた。その高度からは、一枚一枚の木々の葉までも見分けることができた。しかし捜索は再び失敗に終わった。

ヘリコプターはロッキー・バレー湖の上に出た。濃紺色の湖の上に、かすみがいくつもの層になってかかっていた。ヘリコプターの下のかすみは、ヘリコプターが作る風によって飛ばされ、湖面に広がる波紋がくっきりと見えた。

ロッドの手の平がかすかに汗ばんだ。機関砲のレバーを握ったシェイラのほほが、赤味を帯びた。

ロッキー・バレー湖を飛びすぎると、ヘリコプターは、渓谷の上にかかった濃い霧の塊の中に突っこんだ。視界が極端に狭まった。機体下部から、木々をこする乾いた音が伝わってきた。ロッドは、操縦幹を最大限に引いた。急上昇したヘリコプターは、再び霧の上に出た。

再度方向転換をすると、今度はネルス山寄りにヘリコプターを飛ばした。

* * * * * * * *

突然、操縦席の上にあるスピーカーが叫んだ。しばらくぶりに聞いた他の人間の声は、木のドアーのきしみ音のようだった。
「暗号を言え」

二人はその荒々しい声を無視した。

「暗号を言え」と、その荒々しい声が再び叫んだ。

彼らはその声も無視した。

「もう少し左へ飛んで」と、ヘリコプターの騒音と、スピーカーからの声を圧倒するような大声で、シェイラが叫んだ。

彼は、ヘリコプターの向きを、スピオン・コプジェ山の方角へ向けた。

「見て」と、シェイラが勝ち誇ったように叫んだ。「道よ。あれをたどって」

樹海の間を縫うように伸びている道路を、はっきりと確認できた。ロッドは、深い樹海の陰に時々見えなくなる道を追って、速度を落とすこともなく、ヘリコプターを飛ばし続けた。その道は、スピオン・コプジェ山の山麓に沿って、大きな円弧を描きながら伸びていた。

間もなく、道の終わりに空き地が見えた。

小説 2011/11/2