Story 12

森の闇に潜む恐怖


    
モンスターが後から迫る
 風が森を揺さぶった。木々が鳴る。葉が鳴る。草が鳴る。小動物か?虫か?かすかなざわめきが、生い繁った木々の間から、絶え間なくもれ出てくる。
                        
 深い森の闇の中にじっと潜んで、獲物を八つ裂きにしようと待ち構えている、得体の知れないモンスター。そいつの押し殺した吐息が、森の音に混じっていないか?落ち葉を踏む重い足音が聞こえないか?湿った生臭い腐臭が、木々や草にまとわりついていないか?
                        

                        
* * * * * * * * * * * * * *
 リンの背中は汗でびっしょりになっていた。ごわごわしたカーキ色のシャツが、肌にまとわりつく。クモの巣と小さな木の葉がいくつも、シャツのひだにへばり付いていた。
                        
 光線銃はまだ手に握っていたが、背負っていたリュックはもうなかった。森の中に捨ててしまったのだ。森で食用の果実を取る...そんな呪われた仕事のことなど、リンはとうに忘れていた。
                        
 実際、それどころではなかったのだ。
                        
 擦り傷からにじみ出る血が、汗と混じり合って地面に落ちた。汗と血が、落ち葉にしみを作った。
                        
 心臓のひと打ち、ひと打ちが、痛いくらいに胸の内側を打った。心臓は、今にも飛び出さんばかりにジャンプしていた。こめかみの血管も、どかんどかんと頭を打つ。痛いくらいだ。
                        
 リンは大きくあえいだ。
                        
 何かにつまずいて、右足の親指に鋭い痛みを感じたが、そんなことに構ってはいられなかった。落ち葉は部厚い層を作り、砂浜を走る時のように、遠慮会釈なく体力を奪う。それでもリンは必死に走り続けた。
                        
 宇宙船のほうへ、宇宙船のほうへ。
                        
 とげだらけの灌木が行く手をさえぎった。だが、リンはそのまま、まっすぐに突き進んだ。シャツがまくり上げられていたので、むき出しの腕は、とげに刺されて傷だらけになった。硬く鋭いとげはシャツを突き通し、からだのあらゆる所に容赦なく突き立った。細い血の流れが幾筋も皮膚の上を滑り、シャツをぬらした。
                        
 こわばった右腕に握った光線銃は、汗と血でべとべとだ。光線銃の筒先が木の幹を打つと、銃は手の中を滑って落ちそうになる。それでも、リンは銃を必死に握り続けた。
                        

                        
* * * * * * * * * * * * * *
 突然、一陣の強い風が空から降って来た。風は地面に吹き当って、横方向へ流れを変えた。周囲の木々が揺すぶられ、頭上で、被いかぶさっていた葉がざーっと鳴った。
                        
 リンは走るのを止めると、反射的に銃を空へ向けた。射撃10級のリンは、早打ちの名手だ。光線銃を握った両腕の筋肉が、緊張して盛り上がった。リンはそのままの姿勢で空をにらみ、凍りついた。息も止めた。からだからしたたり落ちる大粒の汗がいくつも、地面に溜まった落ち葉の上へ落ちた。汗は落ち葉を打って、リズミカルな音をかすかにたてた。
                        
 何分かが過ぎた。リンが見渡せる範囲には、どこにも何もいなかった。鳥や昆虫さえもいない。
                        
 リンは熱く乾いた喉頭から、「ふーっ」とかすれた吐息をもらした。筋肉の緊張がほぐれ、銃を握っている右腕がかすかに痙攣した。
                        
 塩気の多い汗が両眼に入ってしみた。そんな汗をぬぐおうともせず、彼は再び走り出した。湿気の多い森の中を、あえぎながら更にしばらく走った。
                        

                        
* * * * * * * * * * * * * *
 周囲の樹木が厚く密集して、陽光が完全にさえぎられ、闇が支配している箇所を、通り抜けようとした。リンは、突然何ものかの強い視線を背中に感じた。
                        
 背後、すぐそこに迫った何ものかが、彼を見つめている!リンは、スローモーションの動きが突然に止まったような姿勢のまま、金縛りにあった。からだ中にざわざわっと鳥肌が立った。強い力で全身が絞られたかのように、冷汗がどっと噴き出た。跳び上がった心臓が喉につまって、呼吸ができなくなった。
                        
 リンの意志は後を振りむきたがらないのに、意志とは関係のない外側からの力が、リンを回転させるように見えた。頭の回転は、からだの回転よりも遅かった。ゆっくりと頭をひねりながら、リンは後を見た。
                        
 髪の一本、一本が、音をたててまっすぐに立ち上がった。顔が真っ赤に充血した。リンの両眼はかっと見開かれた。大きな黒い穴になった口からは、悲鳴はおろか吐息さえ漏れなかった。
                        
 太い血管が網の目状に広がった白眼、そして開かれた黒い瞳孔から、光が消えた。光線銃が右手から落ちる瞬間、引き金にかかっていたこわばった人差し指が、引き金を引いた。光線銃の先端から血よりも赤い光が走り出て、生いしげった下生えと、厚い落ち葉の層を貫いた。一瞬、落ち葉の上の灌木と雑草が赤い光を受けて浮き上がり、光線に焼かれた木と草と落ち葉から、白い煙が細く立ち昇った。
                        

                        
生き残った3人
 その小さな探査用宇宙船が、この惑星に不時着してから、いくらか時が経っていた。深い樹海に小さく開いた穴の底に、宇宙船は着陸していた。成長の早い草が伸びて、既に宇宙船の機体の下半分を被っていた。複雑に曲がりくねったつるも、宇宙船の表面を這い始めた。
                        
 この太陽系の中心にある、黄色い恒星までの距離は近く、日中は地球の昼よりも明るかったが、月のような衛星がないので夜は暗かった。しかも、周辺の宇宙空間で宇宙塵が厚い雲を作っていて、夜空の半分には星がほとんど見えなかった。
                        

                        
* * * * * * * * * * * * * *
 宇宙船の中の部屋はどれも狭い。燃料貯蔵室にダメージを受け、電気の供給が滞りがちになったために、部屋は薄暗く、更に狭く見えた。
                        
 ヤイエイは、円形の部屋の壁に沿って、同じ速度で、足早にきっちりと3度歩き回った。それから甲高い声を発した。
                        
 「夜の9時になっても、まだ戻って来ない。とうとうリンも殺られちまったんだ。あの銃使いの名人、殺し屋リンもだぜ。誰も外に出ないほうがいいって、おれが言ったのに。とうとう8人目の犠牲者を出してしまった。お前たちふたりが、リンを殺したんだ」
                        
 部屋の中央のテーブルの前に坐っていたドープが、顔を上げた。ひげがドープの顔のほとんどを被っている。ドープはヤイエイをじっと見つめながら、押し殺した声で言った。
                        
 「黙れよ。きんきん、頭に響く声でわめくな」
                        
 ヤイエイは、ドープの言葉を無視して続けた。
                        
 「救助用の宇宙船は、もうこの惑星に到着しているに違いないんだ。もうすぐおれたちを見つける。救助隊が来るまでのほんのちょっとの間くらい、食い物なんかなくても生きられる。おれは、果実取りの番が回って来ても、森へ果実取りには行かないからな」
                        
 「救助隊がこの惑星に到着しても」と、ドープの重い声がナイフのように鋭くなった。「この宇宙船の位置は、そう簡単には分からない。墜落する前に、通信装置がだめになってしまったことを、忘れるな。この惑星は、樹海ですき間もなく被われている。深い樹海の底に沈んでいるおれたちは、そう簡単には発見されない」
                        
 言いながら、ドープは皮肉な笑いを浮かべた。笑いながら、ドープはヤイエイの顔をじっと見つめた。
                        
 「いやだ、いやだーっ」と、ヤイエイが悲鳴を上げた。「そんな...。底知れない森の闇に包まれたこの惑星。恐ろしいモンスターしか住んでいないんだ。闇の中から出てくるモンスターに殺されるまで、じっと待っているなんて。いやだよーっ」
                        
 宇宙船の狭く薄暗い部屋に、ヤイエイの悲鳴がこだました。
                        
 その声が止むと、一瞬の沈黙。とてつもなく深い沈黙。重い夜の闇が、外側から宇宙船を押しつぶそうとするように、沈黙といっしょに襲いかかって来た。この闇の力の前には、宇宙船の外壁などはないに等しい。天井の明りは、今にも消え入りそうにまたたいた。またたく光が、その部屋にいる、身じろぎもしない3人の男たちの姿を、浮き上がらせたり消したりした。
                        

                        
ジノのペット・綿毛っ子
 部屋の片隅に背中を丸めて坐っていたジノが、もそっと言った。
                        
 「モンスターだけじゃないよ。綿毛っ子もいるさ」
                        
 ドープが吐き捨てるように言った。
                        
 「食おうという気にもならん、つまらん動物だ。細い骨が、綿毛で包まれているようなものじゃないか。グロテスクなでっかい頭を支えかねて、もたもた歩く様なんぞ、全くジノにお似合いだよ。けれども、いくら森の中で、お前にしか見つけられないからといって、好き勝手に、10匹も宇宙船の中へ持ちこむなんて、いき過ぎだ。全部放してしまえよ。それとも、おれが殺してやろうか」
                        
 「殺すなんて...」
                        

                        
* * * * * * * * * * * * * *
 ジノはのっそり立ち上がると、部屋の隅のハッチを開け、はしごを伝って下の薄暗い貨物室へ降りた。
                        
 ハッチを通して、上の部屋から射しこむおぼろな光が、淀んだ闇の中の金属製のかごを、かすかに浮き上がらせた。ジノは、床に散乱したがらくたを乗り越えて、かごに近づいた。
                        
 10個の小さな綿の塊。それらについた20個の赤い瞳が、ジノの動きを追った。良質のオリーブ油を塗ったように、輝いている20個の瞳。とても賢そうに光り輝く瞳。
                        
 ジノは人差し指を金網の間に入れると、「おいで、綿毛っ子たち」と、呼びかけた。小動物たちは、胴体と同じ大きさの頭を持ち上げると、ジノの指のほうへ寄って来た。ジノの指に、温かい吐息がかすかに触れる。
                        
 「皆、お腹がすいているんだね」と、ジノはやさしい声で言った。「今、草をあげるよ。お前たちが頼れるのはおれだけだ。お前たちを森の中で見つけられるのは、おれだけだなんて、おれとお前たちは、兄弟以上の関係にあるんだよね」
                        
 ジノは、床に置いてあった青草を取り上げると、かごに入れた。動物たちは、おいしそうに草を食べ始めた。ジノは、小動物たちが草を食べるのを、愛おしそうにしばらくながめた。そして、ハッチの穴を通して上の部屋を見た。
                        
 「ヤイエイは何をするか分からない。ドープは危険だ」と、ジノはつぶやいた。
                        
 ジノは、かごを部屋のすみへ運んだ。周囲にありとあらゆるがらくたを積み上げた。がらくたの向こう側から、動物たちの動く音がかすかに聞こえた。
                        

                        
無残な死に方をした仲間たち
 ジノがはしごを昇ってハッチから顔を出すと、ヤイエイが頭を壁にぶつけながらつぶやいていた。
                        
 「...腹がすいた、腹がすいたよー。肉を食いたい。焼いたばかりの厚いステーキ。がぶっとかぶりつきたいなー」
                        
 椅子に坐ったままのドープが、ヤイエイに向かって陰気に言った。
                        
 「さっきお前は、果実を取りに行く順番が回って来ても、取りに行かないと言ったな。それならそれで結構。おれが果実を取って来ても、お前には皮のひとかけらもやらないからな」
                        
 ドープは、ヤイエイとジノを陰気な目で交互に見た。そして続けた。
                        
 「これからは、おれは自分の食い物は自分で探す。お前たちも自分で探せ」
                        
 ドープはヤイエイに視線を移すと、ヤイエイの青白い顔を見つめながら、黄色い歯をむき出しにしてゆっくりと言った。
                        
 「ヤイエイ。最初に殺られたハサンの死に顔を、おぼえているだろうな?やつは前から神経質でやせていたけれども、それにしても、あの死に顔はひどかった。外傷はひとつもなかった。けれども、何か恐ろしいショックを受けて、顔から肉が完全に落ちてしまっていた。真っ青な顔に、半分飛び出した目玉。髪は真っ白になっていた。その後、森の中で次々に殺された仲間も、全員同じような恐怖の表情をしていたな。もっとも、7人のうち3人は、最後までとうとう見つからなかったが...」
                        
 ドープの声がどすを帯びて低くなった。
                        
 「どんなものすごいモンスターに殺られたんだ?一体どんなふうにして?今のおれたちには、なんにも分からない。でも、そのうちに、そのモンスターにお目にかかることになるさ。お目にかかった時が、おれたちの悶死する時だろうがね」
                        
 ヤイエイの見開かれた瞳に、強い恐怖の炎が燃え上がった。瞳孔が広がったのが、薄い闇の中でもはっきりと見えた。
                        
 「ヤイエイさんよ」と、ドープが舌なめずりをしながら言った。「お前さんは、怖くて森へ食料取りに行けないんだろう?それじゃあ、どこから食い物を持って来るんだい?下の食料倉庫からかい?亜物質燃料に汚染された食料。汚染された食料を食うと、素敵な気分になれるんだよね。焼けた鉄板の上のノミよろしく、長い間踊り狂ってから、あの世へ行くってわけさ」
                        
 ヤイエイのからだから、急に骨が抜け落ちたようになった。ヤイエイは床に崩れ落ちた。ヤイエイのからだが痙れんするたびに、口から低いうめき声が洩れ、床に涙で黒いしみができた。
                        

                        
* * * * * * * * * * * * * *
 天井の明りが、2、3度弱々しくまたたいた。ぼんやりとした光は、押し寄せる闇にはかない抵抗を示した。だが、闇は圧倒的な力で薄明を押しつぶし、部屋は底知れない夜の闇に呑みこまれた。
                        

                        
食べられてしまった綿毛っ子
 密生した木々に支えられ、やっと斜めに立っている宇宙船。その金属の肌が、木の葉の間に見えた。右手で草を抱え、左手に綿の塊を抱いたジノは、ゆっくりと宇宙船へ歩を運んだ。とても幸せそうだった。
                        
 「また今日も1匹見つけた。かわいい綿毛っ子。今、お前を友だちに会わせてやるからな」
                        

                        
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 ジノは、宇宙船の入り口から地面に降ろされていたはしごを、ゆっくりと昇った。最初の小さな船外連絡スペースに入り、床を見た。いつもは閉じられている、居住スペースへ入るハッチが開いているのを、不思議とは思わなかった。手に抱えている小動物に、気を取られ過ぎていたのだ。
                        
 居住スペースには誰もいなかった。貨物室へ通じる床の孔のハッチも開いていた。ジノは、それにも疑問を感じなかった。
                        
 貨物室へ降りると、部屋の薄闇に慣れるために、しばらく立ち止まったままでいた。その時、異変に気づいた。ジノが貨物室へ降りると、小動物たちは、かさこそと音を立てるのが普通だった。しかし、その音が今日は全く聞こえないのだ。
                        
 ジノは、積んであるがらくたを、乱暴に横へ放り投げた。暗い部屋の隅に置いてあるかごに近づいた時、動物たちが1匹もいないことに、すぐに気づいた。かごの口は開いていた。
                        
 薄暗い部屋の中をがらくたにつまづきながら、ジノは走り回った。
                        
 「綿毛っ子たち、どこへ行ったんだよーっ」
                        
 声は部屋にこだました。
                        
 彼は、床に白い綿毛が散乱しているのに気づいた。注意深く探すと、物陰から、散らばったからだの小さな骨や頭骨が見つかった。まだ温もりのある赤い液体が、床の上で鈍く輝いた。
                        
 全てを悟ったジノは仰天した。涙をどっと流しながら叫んだ。
                        
 「誰だー。誰が綿毛っ子を殺したんだ」
                        

                        
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 ジノは、胸に抱いていた綿の塊を床に降ろした。そのまま、はしごを駆け昇る。船内をひとしきり走り回ったが、誰も見つけることはできなかった。彼は、宇宙船の外へ飛び出した。
                        
 草の上に、人の歩いた跡が4本あった。そのうちの2本はジノのもの。草が最も低く倒れている足跡は、ジノが今帰って来た時につけたものだ。ジノが出て行った時につけた跡と、同じくらいに古い3本目の足跡は、深い森の中へ呑みこまれていた。
                        
 4本目の足跡、わざと荒々しく草を踏み倒したのではないかと思われるほど、草が倒れている。草の立ち上がり具合から見ると、かなり新しいものに違いがなかった。ジノはその跡をたどった。
                        

                        
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 間もなく、前方の森の中から、何かが激しく転げ回っている音が聞こえた。ジノは下生えをかき分けて進んだ。
                        
 森の薄闇の中で、青い炎が踊り狂っていた。ヤイエイだった。ヤイエイの肌は透明になっていた。全身から青い気体を発散させている。ヤイエイは、自分の背よりも高く跳び上がったかと思うと、次の瞬間には、とげのある下生えの中を転げ回った。
                        
 ジノは立ちどまってつぶやいた。
                        
 「亜物質燃料で汚染された食料を、食ったな」
                        
 ヤイエイの顔は、苦痛のためにみにくく変形していた。こわばった喉から、声は全く出ない。ヤイエイが倒れた瞬間、からだの動きが停止した。その時、ジノは慣れ親しんだ物を、ヤイエイの口元に認めた。ゆがんだ口の端に、赤黒い液体がこびりつき、そこに白い綿毛が付着していたのだ。
                        
 ジノの顔が怒りで真っ赤になった。
                        
 「ざまあみろ。綿毛っ子を殺して、食いやがったやつなんか、死んじまえ」と、ジノはつぶやいた。
                        

                        
* * * * * * * * * * * * * *
 その夜、ヤイエイは勿論、ドープも宇宙船には戻らなかった。1匹しかいない小動物を大事そうに抱いて、ジノは真っ暗な居住スペースの中で、ひっそりと寝た。
                        

                        
到着した救助艇
 翌朝、頭上の大気が金属的な音によってかき乱されるのを、ジノは聞いた。その音は、間もなく宇宙船のすぐそばまで下降し、周囲の木々が強い風に打たれて、ざわめく音に変わった。
                        
 しかし、ジノは、暗い居住スペースの隅でからだを丸めたまま、身じろぎもしなかった。小さな綿の塊は抱いたままだ。
                        

                        
* * * * * * * * * * * * * *
 円盤型の小型救助艇は、樹海に触れる高さにまで降下した。その船は、中央部から、緑の樹海に圧さく空気を吹きつけ、ジノのいる宇宙船のすぐ真上の空中に停止した。救助艇の中央から、透明な筒が伸びて来た。その筒は、ジノのいる宇宙船の入口にぴたっとはまった。筒を通って、制服を着、ヘルメットをかぶったふたりの男が、宇宙船のほうへ降りて来た。
                        
 ふたりは、宇宙船の扉を荒々しく開けた。船の中は真っ暗。ひとりが頭を振ってつぶやいた。
                        
 「暗いな。誰もいないんじゃないの」
                        
 「ああ、おれたちが来ても、誰も出て来ないところを見ると、そうかもしれない」
                        
 最初の男が肩をすくめながら、もう一方の男に言った。
                        
 「全然使いものにならないろくでなし共に、普通の人間がやりたがらない、危険な仕事をさせるのはいいよ。やつらを、少しでも役立てようとするのはいいことさ。でも、おれたち救助隊員の苦労も考えてほしいもんだ。宇宙で起こる事故の70%は、精神異常者が乗り組んだ、ポンコツ宇宙船によるものなんだから。異常の程度の軽い者だけを選んで、十分に訓練したからといって、異常者は、結局異常者なんだよ」
                        
 言われた男は、訳知り顔でうなずいた。
                        
 「そうして、こんなふうに、ポンコツ人間どもがポンコツ宇宙船で遭難しても、放っておくわけにはいかないんだものな。救助の努力をしないと、ここぞとばかりに、政府を非難する奴がいくらでもいるんだから。政府が言うのは、普通ならば仕事が見つからない国民にも、仕事を与えてやっているという、美辞麗句だけだ。やっかい者を安く雇って、一番危険な仕事をさせた結果、その尻ぬぐいをするのは、いつもおれたち救助隊員だ。全くいい迷惑だ。こんな辺境の惑星、密林で足の踏み場もないような所での仕事は、早く切り上げてしまおうや」
                        

                        
* * * * * * * * * * * * * *
 ふたりのヘルメットのライトが、明るく輝いた。そこから、暗い宇宙船の中へ光が射した。部屋の隅にうずくまっているジノの姿が、光を受けて浮かび上がった。
                        
 「おい、あそこに誰か寝ているぞ」
                        
 ふたりは、ジノのほうへまっすぐに歩いた。靴の底が床に当たる、乾いた音が部屋にこだました。
                        
 「おい、目を覚ませよ」
                        
 ふたりは屈みこむと、ジノの肩を乱暴に揺さぶった。
                        
 「さっきから目は覚めているさ」と言いながら、ジノは床に付けていた顔を上げた。
                        
 「おれたちは救助隊員だ」と、一方の男が胸を張りながら叫んだ。
                        
 男は、当然のことながら、喜びと尊敬の念に満ちた返答が戻ることを、期待していた。だが、ジノの応えは、救助隊員の予想に反した。
                        
 ジノは、喜びの表情を全く見せなかった。それどころか、ふたりの光り輝くヘルメットを、不機嫌そうに目を細めながら見つめた。そして、どうでもいいことのように、ぼそっと言った。
                        
 「救助隊員?誰を救助するんだい?」
                        
 ふたりの救助隊員は顔を見合わせた。一瞬沈黙があった。それから、うんざりしたような調子で、ひとりの隊員が言った。
                        
 「勿論、お前たちをさ」
                        
 「おれたち?おれ以外は、皆、死んでしまったさ。おれは、かわいい綿毛っ子がたくさんいるこの惑星が、大好きだ。おれはここに残るよ。面倒なことをいろいろ言われる地球。忙しくて目が回る地球。地球なんて、無意味な馬鹿騒ぎばっかりだ。静かにくつろげる大自然だって、ないじゃないか。おれは地球には帰らない。ここで平和に暮らすんだ。あんたたちに用はないから、さっさと消えてくれよ」
                        
 ジノは胸の綿の塊を強く抱きしめた。
                        
 ふたりの救助隊員は、再び顔を見あわせた。ふたりの顔は上気して真っ赤になった。すぐに、最初に言葉をかけた隊員が、断固として言い放った。
                        
 「世話を焼かせるな。おとなしく着いて来い」
                        
 ジノは、小動物をしっかりと抱いたまま、床に寝そべろうとした。ふたりの救助隊員は、抵抗するジノを抱きかかえた。屈強な隊員たちは、抵抗するジノを軽々と抱き上げると、救助艇へ伸びる筒のほうへ歩いた。ジノは綿毛だけは離すまいと、更にきつく小動物を抱き締めた。
                        

                        
綿毛っ子の謎
 ジノは、脳機能研究室の前の白い光が輝く廊下を、行ったり来たりしていた。時々立ち止まっては、堅く閉まったドアに耳を押し当てた。
                        
 やがて、白衣を着た男がふたり、話をしながら研究室から出て来た。ふたりは明らかに興奮していた。ジノの存在にさえも、気づかなかった。ジノは、一方の男の白衣の腕をしっかりとつかんで、大きな声で言った。
                        
 「ねえ、早く綿毛っ子を返してくれよ。あいつは、おれの兄弟なんだぜ」
                        
 腕を取られた男は、突然目の前に出現したみすぼらしい男に驚いた。ジノを見知っているもう一方の男が言った。
                        
 「ああ、きみか」
                        
 その男は、もう一方の男に意味ありげにウインクをすると、何でもないことのように、さらっと言った。
                        
 「これが、あの動物を見つけた男さ。11人の遭難者の中で、たったひとり生き残ったんだそうだ」
                        
 それからジノに顔を向けると、わざとらしい儀礼的な口調で言った。
                        
 「きみは偉大な発見者だ。もうすぐあの動物は返してやるから、心配しないでもいいよ」
                        

                        
* * * * * * * * * * * * * *
 そう言った途端に、男はジノの存在を忘れてしまったように見えた。再びもう一方の男のほうに向きを変えると、ジノを完全に無視して熱心に話し始めた。
                        
 「本当に奇妙な動物だ。他の動物が興奮して強い脳波を出すと、その脳波をしっかりと受け止める。そして、脳波を出した、相手の脳のその領域を興奮させるように、相手に向かって、指向性のある強烈な脳波のお返しをするんだから。しかも、恐怖の情動を生み出す、脳の特別な領域だけに反応する」
                        
 「もしも、何かにおびえている人間が、あの動物の前に立つと、頭の中のまぼろしと同じ、いやもっと現実的で、もっと恐ろしい幻想が見えるようになる...幻想ではないな。自然の状態では、脳がそこまで活性化されることはないんだから、実体よりも、もっと現実的に見えるようになるってわけだ」
                        
 一方の男は、感嘆と聞こえるほどにはずんだ声を出した。
                        
 「弱い小さな動物が、敵を撃退するために、恐怖のまぼろしを使うなんて、全く良くできているよ。間違いなく、もっと何か、未知のことが分かるようになる。あの動物を使って、研究を続けるのが楽しみだね」
                        

                        
小説 2009/10/3

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